チームの熱戦を競技場で応援したい!
あこがれのアスリートと同じウェアを着たい!
そんな風に、日頃思っている皆さんの背後には
実は“スポーツビジネス”があります。
「スポーツマネジメント」は、
ビジネスやマーケティング、ファイナンス、法律など、
幅広い側面から、スポーツ産業を考えていく学問です。
人間開発学部 健康体育学科の備前嘉文教授が、
スポーツとおカネ、スポーツと熱狂といった
いくつかの視点から、「スポーツマネジメント」を解説します。
國學院大學 人間開発学部 健康体育学科 教授
備前 嘉文
1978年大阪府生まれ。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校大学院修士課程スポーツマネジメントコース修了、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ科学)。著書に『スポーツ産業論 第7版』(杏林書院)、訳書にベティーナ・コーンウェル著『スポーツ、アート、エンターテインメントにおける効果的なスポンサーシップ』(大修館書店)など。
1978年大阪府生まれ。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校大学院修士課程スポーツマネジメントコース修了、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ科学)。著書に『スポーツ産業論 第7版』(杏林書院)、訳書にベティーナ・コーンウェル著『スポーツ、アート、エンターテインメントにおける効果的なスポンサーシップ』(大修館書店)など。
近年のスポーツ界では、野球やサッカー、テニス、バスケットボールなどさまざまなスポーツで、日本人選手の海外での目覚ましい活躍に注目が集まります。
備前教授: 私は、自身の専門である「スポーツマネジメント」を学生たちに説明する際に、具体的な例として、メジャーリーグで活躍する日本人選手の話をします。2023年も、日本人スター選手の1千億円という、アメリカのチームスポーツ史上最高額の大型契約が話題になりました。さて、彼はこれほどの巨額の契約金を、なぜ手にすることができるのでしょうか?
額の大きさに圧倒されて「なぜか?」を考えていませんでした。
備前教授: そうでしたか。プロスポーツには、大きく分けて4つの収入源があります。1つ目が「チケット収入」、2つ目が「スポンサー収入」、3つ目がテレビやインターネットで試合を配信する際に生じる「放映権料収入」、そして4つ目がグッズや飲食などの販売による「物販収入」です。これら4つの収入源が合わさり、全世界に広がることで莫大なおカネが生まれて、今回のような大型契約に結び付きます。ここでは私が研究テーマとする2つ目の「スポンサーシップ契約」について、詳しく説明しましょう。有名な選手には、スポンサー企業がつくものです。日常でも街中の看板やテレビ・雑誌・ネットなどで、有名選手が登場する企業の広告をよく目にすることでしょう。この時、スポンサー企業は選手やチームと「スポンサーシップ契約」を結びますが、なかでも企業が選手個人と、「肖像権の利用」や「商品化権」について独占契約を結ぶことを「エンドースメント契約」といいます。では、企業は高い契約金を払ってまで何を期待しているのか、考えたことはありますか?
自社商品のアピール効果でしょうか?
備前教授: それも企業が期待することの1つです。有名な選手がスポンサー企業の商品を使うことで、その商品の知名度が高まります。高校生の皆さんも、好きな選手が使うシューズやウェアを見て、「自分も同じものが欲しい!」と思ったことがあるのではないでしょうか。それはつまり、消費者である皆さんが選手を通じて、購買意欲をかき立てられている証です。さらに「好青年」「さわやか」「努力家」など、皆さんが抱く選手個人への好感度が高くなると、その良いイメージが企業側にも波及し、企業イメージを高めてくれます。だから好感度の高い、人気選手になればなるほど、多くの企業から「ぜひ、わが社のCMに起用したい」という声が起こってきます。私の研究では、スポーツに関連するこうした事例から消費者へのアンケート調査を行い、それらの結果から「消費者行動」を研究しています。
冒頭の日本人メジャーリーガーも、日本ではランニングシューズなどで有名なメーカーが手掛けるグローブを国内の小学校に寄付したことが話題になりました。私はこの時に、同メーカーが野球用品を製造していることを初めて知りました。
備前教授: これも選手とのスポンサーシップ契約を活用した好例です。こうした形で、子どもたちに向けて野球というスポーツそのものの魅力を伝えることは、企業にとっても社会貢献になります。加えて、この企業が日本国内で野球市場に参入したのは2010年代と最近で、インパクトのある選手とのスポンサーシップ契約は、自社商品の知名度を一段と高めることにつながります。研究者としてみると、今回の事例はマーケティング戦略としてもよく練られたものだと感心しています。
そもそも、「スポーツマネジメント」という言葉をよく耳にするようになったのは、ごく最近のような気がします。
備前教授: 「スポーツマネジメント」は1980年代に、スポーツのビジネス化がいち早く進んだアメリカで始まり、広がっていきました。対してスポーツが教育と結び付いて発展した日本では、「スポーツでカネを稼ぐ」とはいかがなものかという風潮が長らく強かったのです。しかし、2000年代に入り、その潮目がようやく変わります。野球を例にみれば、IT企業によるプロ球団の買収劇を皮切りに、プロ野球界が「ただスポーツをするだけ」から、「いかにビジネス化していくか」に大きくシフトしていきました。そしてバスケットボールや卓球、ラグビーなど、日本のスポーツ界全体でもプロリーグ化が進んだことで、効果的なマーケティングやスポンサーシップが重要視されるようになり、今では「スポーツマネジメント」の存在感は年々高まってきています。
スポーツとビジネスは、もはや切り離せないものになってきていますね。
備前教授: ただ私が研究する「消費者行動」ではおカネのことだけでなく、心理的な要因も探ります。例えば、野球ファンもサッカーファンも、同じように熱狂しますが、それぞれのスポーツ文化に根付いたファン行動の違いがありますよね。あと、ラグビーファンも同じく熱狂しますが、野球やサッカーと比べると、ラグビーファンの観戦スタイルは、試合中は静かにプレーを見守る傾向があります。こうした「熱狂の違い」って何だろうと、あらためて考えてみるのも、とても興味深いものです。
また、これまでには「スポーツを通じたマネジメント」という観点から「スポーツツーリズム」に関する研究もしてきました。「スポーツツーリズム」は、ハワイのホノルルマラソンに代表されるように、かつては日本人が海外に行って参加するアウトバウンド観光の典型でした。それが近年は、日本国内で開催するマラソン大会への海外からの参加者が増加傾向にあります。私が長年にわたり調査に携わっている関西のご当地マラソン大会でも、100~200人単位のランナーが台湾から毎年参加しています。特にマラソンの場合は、走りながら地域の美しい景色や街並みを楽しんでもらったり、地元ボランティアスタッフとの交流を通じて日本のおもてなしの良さを感じてもらったりと、経済効果だけでなく、地域の知名度アップや地域活性化につながる面でも多くの可能性を秘めています。
備前教授の授業では、どのようなことが学べるのでしょうか?
備前教授: 私が担当する授業の1つ、「スポーツインターンシップ」を紹介しましょう。これは、プロスポーツチームや競技団体、スポーツ用品メーカーなどの協力のもと、学生たちが“スポーツの現場”に出てインターンシップを経験する授業です。例えば、皆さんが日常で使っているスポーツウェアやシューズがどのような工程で作られ、流通しているのかといったことを、現場で見て感じて、考えながら学ぶことができます。近年、スポーツのビジネス化が進む日本では、「スポーツマネジメント」の理論や知識に精通した人材のニーズが高まっています。でも高校生の皆さんが今「スポーツに関わる仕事」と聞いても、アスリートや教職以外には、まだ具体的には思い浮かばないですよね。そんな皆さんにとっても、“スポーツの現場”を体感できるこの授業は、現場のリアルな状況や直面する課題への理解を深めると同時に、「スポーツに関わる仕事」や「スポーツマネジメントの知識を生かせる仕事」が数多くあることを知り、将来の選択肢を広げる上でも、絶好の機会になると思います。
最後に、高校生へのメッセージをお願いします。
備前教授: 「自分はこのスポーツがとても好きなのに、どうしてほかの人には、この面白さがなかなか伝わらないのでしょうか?」。学生から時折、そんな質問を受けます。そこで逆に「君は最近、美術館に行った?」と私がたずねると、「“興味が無い”から行っていません」と返ってきます。実は、学生の好きなスポーツの人気が高まらないのも、この学生と同じように多くの人々がそのスポーツに“興味が無い”からなんですよね。だからこそ、まずは「なぜ自分が好きなのか」をあらためて考えて解明し、自分の好きなスポーツの魅力や楽しさを人々に言葉で説明できるようになることが「スポーツマネジメント」の第一歩だと思います。そしてこれには、自分の好きなものだけでなく、広い視野でスポーツはもちろん、社会のさまざまなものに興味を持つことが重要になります。好きを科学する、この楽しさをぜひ、人間開発学部 健康体育学科で体感してください。
『スポーツ、アート、エンターテインメントにおける効果的なスポンサーシップ』(大修館書店、2023年)は、備前教授が翻訳者の一人として手掛けた専門書です。スポンサーシップを理論と実践の両面から解説しています。興味のある方は、書店や図書館でぜひ手に取ってみてください。