幾多の危機も乗り越えた
観光立国・ギリシャ。
その強さの理由に迫る

ギリシャ危機やパンデミックなど、
度重なる危機に直面しながらも、
世界屈指の観光立国・ギリシャには揺るがぬ強さがありました。
その姿には、これからの日本が学ぶべきヒントも隠されています。
ギリシャの観光政策に詳しい
観光まちづくり学部の石本教授に話を伺いました。

PROFILE

國學院大學 観光まちづくり学部教授

石本 東生

ギリシャ共和国アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了(Ph. D.)。ギリシャ政府観光局日本支局、奈良県立大学地域創造学部准教授、(公)静岡文化芸術大学文明観光学コース教授などを経て、2022年4月より現職。研究分野は、国際観光政策(特にEUの観光政策)など。

ギリシャ共和国アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了(Ph. D.)。ギリシャ政府観光局日本支局、奈良県立大学地域創造学部准教授、(公)静岡文化芸術大学文明観光学コース教授などを経て、2022年4月より現職。研究分野は、国際観光政策(特にEUの観光政策)など。

危機からの、回復のカギとなったものとは?

ヨーロッパで最も長い歴史を誇るギリシャでは、悠久の時を刻む遺跡群や太陽が降り注ぐエーゲ海の島々、地中海特有の食文化などが、有形・無形含めて重要な観光資源となってきました。

そんなギリシャですが、2010年には深刻な債務危機、いわゆる「ギリシャ危機」に陥り、2020年にはパンデミックがギリシャのみならず全世界を揺るがしました。しかし、ギリシャ危機にあってもギリシャへの外国人旅行者数は減少せず、むしろ好調な伸びを見せました。また、アフターコロナ時代となった現在、欧米からギリシャへの旅行者数は順調な回復傾向にあり、2022年のシーズンではコロナ前の2019年を上回る勢いで外国人観光客が訪れています。今やギリシャ国内各地の観光地は、以前と変わらぬ活況を取り戻しつつあります。

この観光立国・ギリシャの強さの源とは何か。それは、かねてより観光を産業の柱に据えてきた国の政策であり、街や集落を甦らせようとした人々の努力です。今回はギリシャにおける、観光まちづくりの事例を2つ紹介したいと思います。

海運の拠点として栄えたサントリーニ島

カルデラの断崖に広がるフィラ地区の街並みとエーゲ海

エーゲ海に浮かぶサントリーニ島の面積は76平方キロメートル。この小さな島ではおよそ3500年前、島中央部の火山の大噴火によって巨大なカルデラが形成されたことにより、断崖絶壁が連なる独特の景観をつくり出しています。

歴史を振り返ると、中世からキリスト教徒が移り住み、19世紀後期から20世紀初頭にかけては、東地中海における海運の拠点として繁栄しました。しかしその後、20世紀前半からは海運業の衰退や大地震の影響などで島は衰退の一途を辿り、1970年代には極度の過疎化により荒れ果てた孤島に。ところが政府主導のプロジェクトをきっかけに、このどん底から奇跡的な復活を遂げたのです。

それが1976年にスタートした「集落の大規模な修復・再生プロジェクト」でした。ギリシャ観光省には建築学や都市工学に精通したスタッフが数多く、同プロジェクトでは観光省の建築家チームが中心となって、伝統的な建築が残る国内の集落16か所を選出しました。そして彼らは各地の古民家などを修復・再生し、集落を観光地として再開発することをめざしたのです。

「洞窟住居」を再生した、16年にわたるプロジェクト

所狭しと洞窟住居が並ぶイア地区の街並み

プロジェクトの対象地域となったサントリーニ島のイア地区では、約60軒の「洞窟住居」が選ばれました。洞窟住居とは、海運で栄えた島の黄金時代を物語る古民家です。当時の船主たちが断崖のてっぺんにある平坦なエリアに邸宅を構えたのに対し、雇われの船乗りたちは断崖の急斜面に穴を奥深く掘って家をつくり、それらの家々は密集して複雑に入り組んだ居住エリアを形成しました。洞窟と聞いて、原始的な住まいをイメ―ジする方もいるかもしれません。ところがイア地区の洞窟住居は石を継ぎ足してつくったドーム屋根の玄関ホールのほか、居間や寝室、台所をもち、所々彫細工も施された風情ある住まいなのです。

この大規模な修復・再生プロジェクトにより、空き家となっていた洞窟住居がリノベーションされ、足掛け16年の歳月をかけて、イア地区は歴史的街並み再生型の観光地として生まれ変わりました。伝統的集落を保存・維持するための法整備も進んだ一方、修復された家々は最終的にはオーナーに返還されたり、民間に譲渡されたりして、現在はホテルやレストラン、カフェなどとして運営されています。また、プロジェクトが呼び水となって、民間主導でも地域の再生・整備が進みました。

眼下に紺碧のエーゲ海を見下ろす、洞窟ホテルを思い浮かべてみてください。ホテルから一歩出ると、石畳の細い路地でロバが荷を引く100年前と変わらぬ島の風景が広がります。これらはとてつもない魅力となって、今も世界中の人々を惹きつけて止みません。

豊かな自然が「ここにしかない魅力」となったクレタ島

石造りのロッジでは、地域の食材を使った郷土料理が人々を虜に

もう一つが、農山村部などでの滞在型観光「アグリツーリズム」の聖地となったクレタ島の事例です。島内には今、ギリシャ国内でも最多数のアグリツーリズム施設が集積していますが、その先駆けとなった施設「ミリア・マウンテン・リトリート」がある集落は、元は30年以上も廃墟となっていました。それを1980年代に一人のクレタ人男性が野生動物に食い荒らされていた周辺の森を再生し、石を積み上げながら朽ち果てた古民家を修復していくなかで、集落は再び息を吹き返したのです。

EUによる資金援助も得て、施設内には現在16軒のロッジがあります。ここにはプロパンガスはあるものの、水道管も引いていなければ電気は太陽光発電のみ。しかし豪華ホテルにはない、豊かな自然と情緒にあふれるロッジとなっています。加えて、クレタ産の美味しい有機野菜やオリーブ、チーズ、ハム、ワインなど…。これらがクレタ島でしか味わえない大きな魅力となって、シーズンには「予約が取れない宿」といわれるほどの盛況ぶりをみせています。

自分たちの誇りになる街・集落をめざした、観光まちづくりの底力

石本教授の著書の一部。『ヘリテージマネジメント』(学芸出版社)では、クレタ島の事例を紹介している

今回はギリシャにおける観光まちづくりの事例を紹介しました。サントリーニ島もクレタ島も見事な復活劇を経て、今や揺るぎない人気を確立しています。ともに共通するのは、滅び逝く寸前の地域における歴史文化遺産を、地道に修復・再生し、そこに新たな「活用の息」を吹き込んだ点です。往時の繁栄をもう一度新たな息吹で復活させるところに、ギリシャという国の「強さ」があると、私は感じています。

そして観光客に来てもらう以前に、まずは自分たちの誇りになるような美しい街・集落をめざしたこと。さらに地域の宝を再発見して磨き上げたこと。これらが結果的に地域外の人々も惹きつける魅力となり、国の一大危機をも乗り越える、観光まちづくりの底力となったのです。

観光まちづくり学部では3年次から専門ゼミが始まります。私のゼミでは国内のほか、可能であればギリシャにも行きたいと考えています。言葉では説明しがたい観光地づくりのセンスがあり、それを学生の皆さんには現地で体感してほしいのです。あと、ギリシャのホテル業界では10年ほど前から「ギリシャの朝食キャンペーン」を展開していて、多くのホテルで朝食がとにかく美味しい! 私はギリシャ滞在中には昼の分まで食べてしまうほど(笑)。そんなことも含めて、理性と感性をフィールドで思う存分、養ってほしいですね。

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