どこにでもある町並みを、
ここにしかない町並みにしているものは何でしょうか。
その一つに「歴史的な痕跡」があります。
藤岡麻理子准教授は、
国や地方自治体の制度・政策とその実践の調査を通じて、
「歴史を活かしたまちづくり」の在り方を探っています。
観光まちづくりを学ぶ上でのヒントを、藤岡准教授に伺いました。
國學院大學 観光まちづくり学部 准教授
藤岡 麻理子
1981年東京都生まれ。筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻修了。博士(学術)。横浜市立大学グローバル都市協力研究センター特任助教等を経て、2021年4月より國學院大學研究開発推進機構准教授、2022年4月より現職。専門は文化遺産学、歴史的環境保全。
1981年東京都生まれ。筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻修了。博士(学術)。横浜市立大学グローバル都市協力研究センター特任助教等を経て、2021年4月より國學院大學研究開発推進機構准教授、2022年4月より現職。専門は文化遺産学、歴史的環境保全。
藤岡准教授が1年生に実施した、観光まちづくり学部のフィールドワーク(学外授業)について教えてください。
藤岡准教授: 観光まちづくりを考える上では、歴史や文化、自然環境といった「地域らしさ」を見つけて、磨きあげていくことがカギとなります。この最初のステップとして1年生向けに、「地域の見方」を養うためのフィールドワークを神奈川県小田原市で行いました。城下町・宿場町として栄えた小田原市は、近代には政財界人が別荘を構えた保養地として人気を博しました。市街地を実際に歩いてみると、今も残る歴史的な痕跡はよほど意識しなければ見えてきません。そこで私たちは街を一望する高台に登りました。高台に立つと、眼下には相模湾、山裾には柑橘畑が広がっていることから、かまぼこや梅、ミカンが小田原土産の定番になっている理由がよくわかります。また、温暖な気候と美しい景観に恵まれ保養地としての人気が集まった理由もわかります。もう一段詳しく調べていくと、江戸時代から続くものづくりの伝統が息づき、意匠を凝らした別荘をつくる高い技術が小田原にあったこともわかってきます。こうして歴史の積層を見ていくこと、つまり地域の一点だけを見るのではなく、多様な視点から俯瞰して地域全体を見て考えていくこと。この姿勢が、観光まちづくりを学ぶ際にはとても大切になります。
参加した学生たちの反応はいかがでしたか?
藤岡准教授: 小田原市を初めて訪れたという学生がほとんどで、「街なかを歩いていても、小田原城はどこからも見えませんね」と、言っていた学生も(笑)。でも、皆楽しんでいたようですよ。余談ですが、まちづくりや都市政策の研究者は大抵、「高いところ」が大好きです。まず高いところで全体を俯瞰してから歩き出すことが、観光まちづくりを学ぶ上での一つのポイントかもしれませんね。
藤岡准教授の専門である「文化遺産学」とは、どのような研究でしょうか?
藤岡准教授: 文化遺産(文化財)に関わることのすべてが「文化遺産学」の研究対象になりますが、私は社会のなかで地域の歴史や文化を考えていく「文化遺産学」をめざしています。文化財を巡っては、一昔前までは、“文化財を開発からどう守るか”が主な課題となっていました。しかし現在は、地域の過疎化や人口減少により担い手不足が深刻化するなかで、“文化財をどう現代に活かしながら継承できるか”へと課題がシフトしています。そのような今、そもそも私たちにとって文化財にはどのような価値や意義があるのか、文化財は無用の長物なのか、それとも欠かせないものなのか、文化財と共により良い社会は構築できるのか……、こういった幅広い可能性を解き明かしたいと考えています。
ここから文化財ともかかわりの深い、「歴史を活かしたまちづくり」の研究へとつながっていくのですね。
藤岡准教授: 地域ごとに風土に即した生活文化があり、歴史の積み重ねのなかで形づくられてきた固有の町並みや自然景観、行事・習俗などがあります。有形・無形を問わずこれら「地域らしさ」の総体を私は「歴史的環境」と捉え、歴史的環境と保全、まちづくりが一体となった「歴史を活かしたまちづくり」について、主に国・地方自治体の制度や政策の面から研究しています。「歴史を活かしたまちづくり」では、国の文化財保護制度のほか、景観や歴史まちづくりに関する法制度がありますが、これだけでは対応しきれないケースが数多く出てきます。そこで歴史的なものが顕著に残り、規模も大きい京都市や金沢市のような自治体のみならず、青森県弘前市、富山県高岡市、島根県松江市といったさまざまな自治体が、創意工夫を凝らした独自の制度や政策により「地域らしさ」を守ろうと奮闘しています。国の制度をどう使いこなすかも、自治体によって異なっています。私は、多種多様な自治体の事例を一つひとつすくい上げていくことで、現状の国の制度に問題点があるとしたらそれは何か、また地域にとって本当に必要な仕組みとは何か、どの自治体でも共有できる方法論があればそれは何かを探っています。
台湾の台南市では、リノベーションされた古い建物や町並みが地域活性化の起爆剤に。
海外の自治体でも「歴史を活かしたまちづくり」の調査をしていますね。
藤岡准教授: 海外では、今は東アジアを中心に調査を進めています。なかでも台湾と韓国には、日本の制度・政策を参考にした上で、独自のアレンジを加えた新たな試みがみられます。例えば「台湾の京都」とも称される台南市は、日本の「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(通称:歴史まちづくり法)」を参考にして独自の条例をつくり上げました。日本では、個人所有の建造物への補助金の支給は公的な位置づけと規制が伴うことが通常で、それがハードルとなって保全に結びつかないケースも多くあります。対して台南市の条例では、もちろん保全のための約束事はありますが、補助金支給のハードルを下げ、広く補助を受けやすい制度をつくりました。その後、この制度は台南市から台湾全土へと広がり、国も同様の制度を採用するようになっています。
実際に台湾の街を歩くと、そこここに歴史と共存する町並みや人々の賑わいがあるようですね。
藤岡准教授: 台湾では、古い建物をリノベーションしながら使い続ける文化が社会に根づいていると感じています。さらに自治体もそうした取組みを政策に取り入れ、資金面でも支援しています。“古いもの”から新たな経済活動を起こして、地域全体が発展するという相乗効果を生んだ好例といえるでしょう。最近では、台湾や韓国のこうした動きに日本の専門家や自治体も大いに注目しているようです。長らく日本では欧米を手本にするという流れが続いていましたが、文化的にも、社会の仕組みの面でもアジア圏の方が日本に近いものは多く、「歴史を活かしたまちづくり」においてもアジア圏全体で学び合いながら、一緒に高めていけるのではないかと期待しています。
今後の授業では、どのようなフィールドワークを実施する予定でしょうか?
藤岡准教授: 神奈川宿、保土ケ谷宿、戸塚宿という、横浜市内にある旧東海道の三つの宿場町を巡るフィールドワークを2年生向けに実施する予定です。宿場町の名残を伝える箇所にペインティングを施したり、浮世絵『東海道五十三次』にも描かれた木橋をモニュメントとして一部再現したり、あるいは単に説明板が設置されているだけだったりと、三つの旧宿場町それぞれで歴史的な痕跡の残り方も、残し方も違います。ただ、これら全てを「正しいもの」として受け入れるのではなく、大部分が普通の住宅地となっているエリアで、どのような記憶の継承の在り方が望ましいのか、あらためて問い直す機会にするのがこのフィールドワークの狙いです。
地域の歴史や文化に根ざしたまちづくりは、歴史的な町並みや建物が分かりやすく残る自治体だけの課題ではありません。冒頭の小田原市の例もそうですが、ぱっと見てすぐ分かる歴史的な痕跡は残っていない地域も数多いのです。一方で、文化財ではないものの、地域の環境や雰囲気をつくり出している「大切な宝」も数多くあります。だからこそ、学生には観光まちづくりを考える上での自分なりの価値観を育んでもらいたいと思っています。
観光まちづくり学部をめざす、高校生へのアドバイスをお願いします。
藤岡准教授: 観光まちづくり学部には、卒業後に自治体やディベロッパー、NPO・NGOなどに就職し、まちづくりや観光振興、地域活性化に携わりたいと考えている学生がたくさんいます。卒業後に現場に出れば、地域に対してさまざまな思惑や想いを持つ人々と出会います。そこでは、何を「地域らしさ」にするのかという価値観とビジョンを持ち、古い町並みなどを残すのであれば自分なりのロジックで人々に説き、人々から共感と理解を得ることが必要となります。世の中をより良いものにしたいという想いや、地域の個性、個々人の地域への想いを尊ぶ気持ちを持つ皆さんに、観光まちづくりの現場で活躍するための力を、本学部での学びを通じて身に付けてほしいと願っています。
藤岡准教授も執筆している『世界遺産の50年 文化の多様性と日本の役割』 (ブックエンド)では、世界遺産のこれまでの歩みと現在、未来について知ることができます。『都市の遺産とまちづくり アジア大都市の歴史保全』(春風社)では、アジア9都市における歴史と文化を活かした都市再生の先進事例を紹介・解説しています。興味がある方は、図書館や書店でぜひご覧ください。