國學院大學の文学部日本文学科には、
日本文学専攻、
日本語学専攻、伝承文学専攻という3専攻があります。
なかでも人々の間で語り継がれてきた「昔話」や
「噂話」、
さらには地域の「伝統行事」など、
これらを
幅広く研究するのが伝承文学専攻です。
日本文学科
で伝承文学を学ぶ4年生の小野寺さんに、
この研究に
進んだ理由や、学びの楽しさについて聞きました。

PROFILE

文学部 日本文学科 伝承文学専攻4年
私立日本大学東北高等学校 卒業

小野寺 雛里

伝承文学専攻を選んだきっかけを教えてください。

小野寺さん: 昔話も、研究になるんだ! 1年次に「伝承文学概説」の授業を受講して、そう驚きを覚えました。私の出身地の福島県では、語り部の方が小学校を訪れ、地域の昔話をしてくれる機会がありました。こうして子どもの頃から親しんできた昔話が、大学の日本文学科で研究の対象になるとは、思ってもいなかったんです。「伝承文学概説」の授業では、昔話や言い伝えのほか、祭りや儀礼などについても学びました。昔話も祭りも、私にとっては身近な存在だったので、伝承文学に最も親しみが湧いたのが、この専攻を選んだ一番の理由です。

2年次には、伝承文学の王道「河童」について調べたそうですね。

小野寺さん: 河童にまつわる伝承は日本各地にあり、私の地元にも「河童が詫び証文を書いた」という言い伝えが残っています。これについて調べてみると、捕らえられた河童が詫び記した石があったという記録はあったものの、石の現存は確認できませんでした。ただ伝承文学の研究で大切なのは、その真偽を明らかにすることではありません。ここで大切なのは、どんな人々の思いがこの話を生み出したのか、どんな話が流れ流れて「噂」として広まりこの伝承ができたのか、といった過程を理解すること。つまり、口から口へと語り継がれてきた「文芸」が成立するまでのプロセスを辿ることが重要なんです。

人々への聞き取りなど、現地で調査を行う「フィールドワーク」は伝承文学を研究する上での醍醐味のひとつですね。

小野寺さん: 本格的なフィールドワークに初めて挑戦したのは3年次の演習授業です。地元の福島県須賀川市で、夏祭り「きうり天王祭」を調査しました。これは250年以上の歴史を持つとされる伝統行事で、市内では最大規模を誇り、毎年たくさんの人々でにぎわっていました。しかし2020年以降はコロナ禍により、参加者を十数人規模に縮小した上での開催を強いられています。私は2021年の夏に2週間余りかけて現地で祭礼の様子などをつぶさに観察し、あちこちを歩きまわり、関係者へのインタビューなどを行いました。

初のフィールドワークとなると、苦労もあったのではないですか?

小野寺さん: 地元だったので、何も知らない土地に飛び込んでいくよりはハードルが低かったと思います。ただ、インタビューではどういったことを聞いたらよいのか、その都度模索しました。あと、お話を伺うのはご年配の方が多かったので、興に乗ると、1時間、2時間としゃべり続けられる方も(笑)。でも、そのなかで本質的なことや、重要なヒントがポロっと出てくるので、聞き逃さないよう必死に耳を凝らしていました。そして組織図や会計、祭礼当日の詳細なタイムスケジュールといったデータも関係者の方からご提供いただき、発表資料にまとめました。

伝承文学の研究で、組織図や会計といったデータを使うとは
意外ですね。

小野寺さん: そうなんです。この点は、私自身も伝承文学のイメージが変わった点でもあります。伝承文学の研究では、データや図表にまとめて利害関係をはじめとする関係性を明らかにすることを重視しています。それは今回の祭りのみならず、妖怪などがテーマでも同様です。こうして整理した科学的な「裏付け」がなければ、自分のアイデアを論理的に語ることはできず、ただの感想で終わってしまいます。

夏休みのすべて費やしたこの力作に、達成感もありましたか?

小野寺さん: 先生からは、「よくここまで調べたね」と高い評価をいただきました。何よりも「きうり天王祭」は、子どもの頃から毎年楽しみにしていた祭りだったので、それを研究できたことに感慨深いものがありました。祭りの伝統を次代へと引き継いでいく意味でも、今回の記録が少しでも役に立てば嬉しいですね。そして、これほどまでに人々の暮らしに根差した伝承文学の楽しさを、このフィールドワークを通じてあらためて実感しました。

4年次からは、これまでのような“過去”の伝承文学ではなく、“現代”の
伝承文学を研究する飯倉義之先生のゼミで学んでいますね。

小野寺さん: 伝承文学のテーマは、“過去”だけにあるわけではありません。私たちが生きている“いま・ここ”にも、見つけ出すことができます。それを教えてくださったのが飯倉先生でした。ネット上の言説であったり、世の中に流布する噂話であったり、そういったものを含む「現代の伝承」について、飯倉先生は研究しています。伝承は、いまも次々刻々と発生していて、意識しようとしまいと、それに触れながら私たちは生きています。身の回りのあらゆるものが、研究のヒントになると言ってもよいのかもしれませんね。

「親しみ」から始まった伝承文学の研究が、いよいよ小野寺さん自身の「いま」にまで迫って来たんですね。卒業論文では、東日本大震災やコロナ禍など、「人々が危機にさらされた状況下での噂話」をテーマに執筆されるそうですが。

小野寺さん: 東日本大震災が起こったのは、小学4年の時でした。私が住む地域では津波被害はなかったものの、放射能に関してはとても恐ろしい経験をしました。スマホのSNSを介して入ってくる情報とテレビの情報との齟齬、人々の噂話、デマなど、皆が翻弄され、大きな混乱を招いていました。そしてコロナ禍においても、これと同じような状況が起こっています。未曽有の惨事が起こった時、人々の心の動きにはとても複雑なものがあります。こうした状況について4年間学んできた伝承文学の視点でアプローチし、解き明かしていきたいと考えています。

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