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警察官の歴史を知ろう

警察官の歴史を知ろう

江戸時代には「町奉行所」という役所があり、「町奉行」というお役人が頭となって行政・司法・警察・消防をつかさどっていました。ちなみに、有名な時代劇ドラマ『遠山の金さん』のモデルとなった遠山金四郎景元も、この町奉行の一人でした。「町奉行」から現在の警察組織に至るまで、どのような変遷があったのでしょうか。日本の警察の歴史についてみてみましょう。

警察組織の前身は、江戸時代の「町奉行所」

江戸時代には「町奉行所」という役所があり、「町奉行」というお役人が頭となって行政・司法・警察・消防をつかさどっていました。ちなみに、有名な時代劇ドラマ『遠山の金さん』のモデルとなった遠山金四郎景元も、この町奉行の一人でした。
町奉行所には「与力」「同心」という役人がおり、彼らが警察官のような役割をこなしていました。しかし、当時の江戸の人口100万人に対して数十人とその数は非常に少なく、「与力」「同心」のみで江戸の治安を維持することは難しかったそうです。
そのため、「同心」はポケットマネーで「岡っ引」と呼ばれる手先を雇い、犯罪捜査などを彼らにもまかせるようになりました。その数は約500人、さらにその手下の「下っ引」を含めると3000人ほどが活動していたそうです。
町奉行所は日本の警察の前身と言えますが、実際は役人と非役人が混在した組織であったことが、その後、明治時代に確立した警察組織との大きな違いと言えます。

明治維新後、本格的な警察組織が誕生

明治維新によって江戸幕府が崩壊すると、各藩から選抜された藩兵が治安維持にあたることになりました。しかし1871年の廃藩置県によって廃止が決定。そこで新たに「邏卒(らそつ)」と呼ばれる巡査3000人が設置され、これが日本における近代警察の始まりとなりました。
邏卒総長として邏卒らを率いたのは、薩摩藩士の「川路利良」。彼はヨーロッパ各国の警察を視察し、帰国後、フランスの警察制度を参考に日本の警察制度を確立しました。
1872年に『警保寮職制』によって21階級の階級制が導入されたほか、1874年には「東京警視庁」が設立され、当時40歳だった川路が初代大警視(現在の警視総監)に就任。
ほぼ毎日、東京中の警察署や派出所を回り、一日の睡眠は4時間に満たなかったとも伝えられ、警察組織の創生期に大きく貢献した川路は“日本警察の父”とも呼ばれています。
“警察官ハ眠ル事ナク安坐スル事ナク晝夜企足シテ怠タラザルベシ”といった警察官の心得を示した川路の語録は『警察主眼』として編さんされ、警察官のバイブルとして現在まで読み継がれています。
「東京警視庁」の設立後は、国家警察・国家直属の首都警察である警視庁と各都道府県知事の直接の管理下に置かれる地方警察がそれぞれの管轄で業務にあたる、現在の警察組織に近い体制が始まりました。

警察官の前身、「邏卒」は士族出身がほとんどだった

「邏卒」は、ほとんどが士族(旧武士階級)出身者で占められていたと言い、実際、設立時3000人のうち2000人は、総長の川路と同じ鹿児島県出身の士族でした。
当時の警察は拳銃の所持が少なく、犯人逮捕の際にはサーベルや刀剣で戦ったため、その扱いに長けた士族が重宝されたようです。
また、上流階級である彼らは読み書きなどの教育を受けていたこともあり、格闘レベルも知識レベルも高い水準にある士族を雇う方が、平民を雇って新たに教育するよりも都合がよかったとも考えられます。

明治維新直後の警察に期待されたのは“軍事力”

明治維新後という激動の時代に誕生した「東京警視庁」は、帝都の治安を維持するというよりも、明治政権そのものを守り抜くために設立されたものだと言われています。
内乱が起きた際の鎮圧の手段、すなわちその軍事力に期待がかけられていたようで、西南戦争においては警視隊(警察官)の中から選抜して編成された『抜刀隊』が大活躍しました。
徴兵で集められた平民で構成されていた政府軍は士族中心の西郷軍に苦戦を強いられていたことから、同じく士族出身者が多かった警察官に白羽の矢が立ったのです。

第二次世界大戦後の警察組織改革

第二次世界大戦に敗戦した日本ではGHQによる間接統治が行われ、五大改革の一つとして警察組織の改革が進められました。
GHQは日本の警察を「天皇制の維持擁護を目的にした非民主的な組織である」と批判し、内部改革を要求。治安維持法や特別高等警察など、特定の思想や政治信条を持つ民間人を取り締まるための制度が廃止されたほか、1947年にはGHQ主導で「旧警察法」が制定されることになったのです。
旧警察法では、人口5000人以上の市街的町村に自治体主導の「自治体警察」を置くこととしたほか、その管理を民間人(市民の代表者によって構成される公安委員会)に委ねることが認められるなど、警察組織の地方分権化が進められたのが最大の特徴でした。
しかし、この制度は5000人未満の町村に置かれた国家主導の「国家地方警察」との縄張り争いを招き、広域捜査にも支障をきたすなど運営はうまくはいかなかったようです。
1951年には自治体警察を国家地方警察に吸収する住民投票が行われるようになり、わずか数年で1000以上の自治体警察が廃止されることになりました。

1952年のサンフランシスコ講和条約を経て日本が独立・主権回復すると、いよいよ日本政府主導の警察制度改革がスタートします。
この時制定された「新警察法」によって、国家地方警察と自治体警察による二本立て運営は正式に廃止となり、「警察庁」と「都道府県警察」が新たに発足しました。
以降、現在に至るまで、日本の警察組織は「警察庁」をトップとした中央集権体制で運営されています。


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