漱石文学を通じて近代日本が見えてくる
悩みはじめた知識人層を描いた漱石文学
『彼岸過迄』でも『こころ』でも、夏目漱石の作品の男はいじけたタイプばかりです。高等教育を受けたエリートでプライドが高く、自己承認願望が人一倍強いものの、妻や恋人に認めてもらえず拗ねてばかりいる。そんな面倒くさい男たちです。漱石文学のこうした男たちの姿を深く考察していくと、漱石が作家デビューをした明治40年(1907年)ごろがどんな時代だったのかが見えてきます。
皆さんは人間が生きていれば勝手に悩むものだと考えているかもしれませんが、人間は社会的・物質的に余裕がある状態でないと悩まないものです。それには4つの条件があり、(1)ある特定のエリアに資金が集まること(2)高等教育がなされること(3)高等教育を受けた人たちの作品を読む読者層があること(4)時間がたっぷりあることです。明治40年ごろの東京にはこれらがすべてそろっていました。つまりこの時代に人々は悩みを抱え始めたのです。
現代でも同じですが、人間が最初に悩むのはだいたい「私とは何か」です。しかし、そんなことを考えたところで「これが私だ」という明確な答えがみつかる人はそうそういません。そんな不安定な自分を安定させるためには、他人から認められることが必要で、自己承認願望が強くなっていった時代でもありました。
夏目漱石の研究に加え、国語入試問題などについても研究する石原千秋教授
進化論が「女の謎」を掘り起こす
そのころちょうど欧米からダーウィンの「進化論」が入ってきて、欧米の生物学が日本でも広まり始めます。ちょっと驚くような話ですが、明治のエリート層はそこで初めて「ほかの動物にオスとメスがあるように、人間にも男と女がある」ということに気がついたのです。当時の文献に「女も男と同じ人類である」という一節が出てくるのですが、それはつまり、その文献の読者は「男と女が同じ人類である」ということを、わざわざ説明されなければ知らなかったということです。
とはいえ、日本の男性がはじめからそれを知らなかったわけではありません。平安時代の京都には先の4つの条件がそろい、文化が花咲いていましたから、男女の交流も盛んでした。女性に認められようと男性がさまざまな手段でアプローチする恋の駆け引きの模様が、平安文学にはたくさん描かれています。ところが、武士の時代になると男と女が同じ種であるということは忘れ去られ、「女性に認められる」という文化も失われていたのです。
数百年にも及んだ武士の時代が終わり、明治40年ごろの東京では再び男女の交流が盛んになります。女性も教育を受けるようになり、知識人男性に近い教養をもった女性も現れ始めます。自己承認願望が肥大化した当時のエリート男性たちは、そうした女性にも認められたいと思いつつ、女心はさっぱりわかりませんし、接し方もわからないままに「女の謎」に翻弄され、のたうちまわったのです。そんな男たちをみごとに描き出しているのが漱石文学なのです。これを突き詰めていき、近代日本がどういう時代だったのかを見つめるのが、私の研究です。
漱石が作り出した 無限のフロンティア
この「謎」という概念は近代資本主義システムの成立にもかかわってきます。
資本主義は常にフロンティア(未開拓の地)を必要としますが、大航海時代を経て、世界中が開拓され尽くし、近代には空間的なフロンティアはなくなっていました。そこで新たなフロンティアを求めて注目されたのが「謎」でした。わからないこと、知られていないことをフロンティアとみなしたのです。
「女の謎」もその一つで、それを理解するための本や社交場が作られるなど、女性というフロンティアを開拓するための商品開発を通して、近代資本主義システムが構築されていきました。
そして、「人間の心の謎」をフロンティアとして見いだしたのが、漱石の『こころ』という作品です。このなかに「私の思想は私の経験が生み出したものだから、私だけのものだ」というような考え方が出てきます。経験と思想は一対になっていて、経験は一人ひとりに固有のものだから、思想も一人ひとりに固有のものだというのです。個人の数だけ思想や「心の謎」があるわけですから、これはもう無限のフロンティアなのです。
文学というのは、作家の内面を作品という形にしたものと考えられますが、その基本形を作ったのが漱石です。私たちが心や個人の経験に重きを置く限り、漱石は近代文学の頂点に君臨し続けることでしょう。
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